母なる大地のはなし

命あふれる土をめぐる旅 〜イタリア(2)〜

生物多様性を高めるワイン生産者の挑戦

ルーツを持つということはどういうことなのでしょうか。多くの人が都市に住み、ウェブ上に溢れる情報に翻弄される時代、土地との深いつながりに基づく古来の生活様式というものは失われつつあります。しかし、こうした原則を守り続ける勇敢な先見者たちもいます。その中でも石坂産業は、埼玉県三芳町の里山、有機農園に変えることで、そのルーツへのコミットメントを示してきました。くぬぎの森やオーガニックファームの畑で生物多様性を保護し、土壌の健康を育むことで、石坂産業と石坂オーガニックファームは、人々とその存在の根源である土地とを結びつけることに尽力しています。


“ワインはまるで魔法のようです。ワインを通じて、人々と会話できるのですから。”(エンリコ・リヴェット)

イタリア・ピエモンテ州ランゲ地区の4代目ワインメーカー、エンリコ・リヴェットも、1902年に祖先がアルバの地でワイン生産を始めて以来、自らのルーツにつながる家業に身も心も捧げています。バローロ、バルベーラ・ダルバ、バルバレスコといった、この地が誇るワイン造りの既成概念を捨て、何よりも生態系の健全性を重視することを選んだのです。


ブドウ畑一色のランゲ地区の眺め。森を挟んで手前はリヴェット社のブドウ畑と堆肥場。 Photo by Masato Sezawa

彼のワイナリーはこの地域で唯一、世界最大のバイオダイナミック農法連盟であるデメターから認定を受けています。バイオダイナミック農業は、人工的にではなく、自然が元々持っている力を引き出そうとする、一歩先を進む農業です。太陰暦・占星術に基づいた「農業暦」にしたがって種まきや収穫、堆肥をまくなど、宙からの導きを土壌の健全性に結びつけるという、古代の耕作方法に由来しています。

リヴェット社の「ネッビオーロ・ダルバ」のようなの深みのある赤や、「ナシェッタ(最近復活した土着品種のワイン)」などの滑らかな白を味わってみると、このユニークなワイナリーを知るきっかけとなるでしょう。ここでは、畑で採れる新鮮な果物から作られたジャムやジュースも販売されています。ブドウ畑が占めるのは、実は同社が所有する土地全体の面積の半分しかなく、残る半分には古代種穀物の畑や果樹園、薬草園、6つのミツバチ小屋に、フィリッパ、ジュリア、レラという3頭のロバが暮らし、驚異的な生物多様性を誇っているのです。「このプロジェクトはルネッサンスだと思います」とエンリコは言います。「私たちの目標は、単に収益性の高いビジネスを行うことではなく、美しさを創造することです。」


試飲のテーブルにもかわいらしいロバの飾りが Photo by Masato Sezawa

土から生まれた革命

「ブドウ畑で最も大切なのは堆肥」。リヴェット社の哲学は大地から始まっています。自らの手で造った堆肥と、牛の角に牛糞を入れ冬の間土に埋めておくことでつくられる肥料などを利用して、土壌の肥沃化に努めています。「微生物、節足動物、ミミズなどの力を活用するだけでなく、バイオダイナミックならではの肥料をつかうことで土が活性化し、土壌の肥沃度を高めます」と、彼は話します。

1999年に家業に加わったエンリコは、その10年後にワイナリーを有機農業に転換し、2019年にはこのエリアでは初めてバイオダイナミック認証ワインの生産を開始しました。その過程で彼は、科学と精神性のバランスを取りながら新しい知識を生み出すことに注力し、化学薬品に頼るブドウ栽培の主流に抗う道を歩んできたのです。”忘れることを覚える”は、彼らが掲げるマニフェスト10項目のうちのひとつです。
「ワインメーカーは土壌の健全性や生物多様性を犠牲にしてでも、土地から最高の収量、つまり最大の経済的利益を絞り出すべきだ」というパラダイムを捨て去ったのです。

「バローロのワインメーカーは、土地の不動産価値が非常に高いので、1センチたりとも土を無駄にすることはできないと信じきっています。「私はその逆で、土地の価値が高いからこそ、その一部を皆と自分の喜びにつながる、何か美しいものを創り出すために捧げたいと思うのです」。


堆肥造りについて説明するエンリコ(左) Photo by Masato Sezawa

ヴィンヤード・ガーデン

この哲学は、リヴェット社の、アルタランガ地区とバローロ地区に挟まれた丘陵地”リラーノ”の畑や、リヴェット社で最も重要なクリュ(ワイン醸造用のブドウ畑または栽培区域の格付け)である”ブリッコリーナ”で、バローロワインの醸造に向けられるネッビオーロ種ブドウを、ガーデンエコシステムの一部として、彼らがすべて手作業で栽培していることからもはっきりと見て取れます。

リラーノでは、ブドウの樹の間に1,000本以上の樹木と2kmに及ぶ花やハーブが植えられ、ミツバチなどの花粉媒介者や鳥、小動物のための生態系の小径が作られています。灌漑やバイオダイナミックの処置に使われる雨水と湧水の池を栄養源とするこのエリアは、7ヘクタールの森に囲まれています。ここは野生動物と人にとっての聖域であり、”偉大な知恵の源”なのだとエンリコは表現しています。


池は命と知恵の源。左はリラーノ学校。 Photo by Masato Sezawa

トリノ大学の研究によると、森の近くに生息する花粉媒介者の腸内には、ワイン醸造にも有用な種類を含む酵母が、4倍も多く存在することが分かっています。「森がないと、ブドウは発酵しにくくなるのです」とエンリコは説明します。「他の生産者は、ランゲ地区では常にこうしていたからという理由で、ラボで培養された酵母を使っています。しかし、この地域、私たちの土地は、森の近くに暮らす花粉媒介者の腸内酵母によって定義されているのです。ですから、森こそが私たちの土地なのです」。


飼育するミツバチは大切な花粉媒介者 Photo by Masato Sezawa

未来のための学校

「農家は、農業という有機体を未来世代へ引き継ぐ管理人なのだ」と語るエンリコは、教育こそが真の変革への鍵だと考えています。昨年9月、ワイナリーの敷地内にある建物に「リラーノ学校」を開校しました。ここでは小学生(来年は中学生も)がイタリアのカリキュラムを履修し、森の葉を観察しながら幾何学を学ぶなど、自然の中に埋もれている環境について学びます。「これは私たちのプロジェクトに欠けていたリンクで、これまで私たちが学んできた全てを表現するものです。」

バイオダイナミックワインの醸造家である彼は、自身の子供たちもここで学ばせていて、”人は何をするかである“という信念に忠実な人物です。彼の目標は、代替案は可能であるばかりでなく、必須なのだと示すこと。「物質主義は全てではありません。私たちは芸術や共感、善行といった他の真理を忘れてしまっています。人生を物質的な欲求のみに縮小することはできません。私たちは身体的存在であり、また、精神的存在でもあるのではないでしょうか?」


ブドウ畑も学び場 Photo by Masato Sezawa

エンリコ・リヴェットの哲学について詳しく知りたい方は、リヴェット社のウェブサイトをご覧ください。また、実際に体験したい方は、イタリアのアルバにあるリヴェット・スイーツに宿泊することも可能です。エンリコ、リヴェットファミリー、そしてロバのフィリッパ、ジュリア、レラが、ブドウ園の庭を案内してくれるでしょう。そして、ワインや食品を選ぶ際には、それらが栽培されている地域の生態系の健全性に貢献するものを選ぶことを忘れないでください。


全ては堆肥となって土に還る Photo by Masato Sezawa

【連載】命あふれる土をめぐる旅〜イタリア〜
(1)体験から学ぶサステナビリティ
(2)生物多様性を高めるワイン生産者の挑戦
(3)人の多様性の交わりを育む社会的協同組合
(4)食べられる庭を作る自給自足のコミュニティ

全4回シリーズでお届けする「土をめぐる旅」は、メディアパートナー IDEAS FOR GOOD とコラボレーションしています。同じ旅を別の記事で、こちらから2度楽しんでいただくことができます。ぜひご覧ください。
※ 冒頭写真 by Masato Sezawa

寄稿者:マーラ・バッジェン
東京を拠点とするフリーランスジャーナリスト。持続可能性、開発、人権分野を専門とする。サステナビリティニュースサイトLifeGate.com の元編集長で、現在はアジア太平洋地域の社会、文化、環境に関するストーリーを、文章、音声、映像の形式で世界のオーディエンスに届けることに注力している。The Japan Times、The Guardian、BBC Travel、Gastro Obscura に寄稿中。最新の作品はmarabudgen.com でご覧ください。